ブラック企業とゾンビ企業という言葉があります。どちらもはっきりした定義があるわけではないと思いますが、過重労働によって従業員を使い倒し、使い物にならなければ離職に追い込むのがブラック企業、再建の見込みがないのに政府や銀行の支援を受けて生き残っているのがゾンビ企業でしょうか。

 ブラック企業とゾンビ企業のどちらが怖いのか。それが今回のテーマです。鷲沢社長と対峙するのは明石専務です。2人のバトルをお読みください。

●明石専務:「社長、営業第1課の労働時間がかなり長くなっています」

○鷲沢社長:「そんなことはわかっている」

●明石専務:「放置しておいていいのでしょうか」

○鷲沢社長:「いいわけではないが今は仕方がない」

●明石専務:「人事部から強い口調で言われました。これ以上の時間外労働は認められないと」

○鷲沢社長:「またか。この間、話したばかりなのに」

●明石専務:「もう一点、社員満足度調査で営業部のスコアがかなり悪いのです。それを人事部は気にしています」

○鷲沢社長:「そんなに気になるなら社員満足度調査なんて止めてしまえばいい」

●明石専務:「な、なんてことを言うんですか! まるでブラック企業の社長の言い分ですよ」

○鷲沢社長:「ブラック? 今は『戦時』か『平時』か、どっちだ」

●明石専務:「え、いや……」

○鷲沢社長:「どっちかと聞いている」

●明石専務:「そ、そうですね……。せ、戦時といえば、戦時でしょうが……」

○鷲沢社長:「バリバリの戦時だっ! 金融円滑化法案があったから何とか生き延びてきたが再建の見込みがまるでない。だから私が銀行から社長としてやってきたんだ」

●明石専務:「承知しております」

○鷲沢社長:「来て驚いたが、営業のほとんどはパソコンの前に座ってメールの処理ばかりしている。中間管理職は会議室に入ったまま出てこない」

●明石専務:「そうは仰いますが、それでもみんな何とかこの会社を立て直そうと思って……」

○鷲沢社長:「幹部の連中と話をしているのか、君は。再建のための事業計画が頭に入ってる幹部がどれだけいる? 多少はよくなってきたかもしれないが、まだまだ会議で言い訳をする幹部が多い。現場だってそうだ。営業目標を即答できるやつは何人いる。上司は部下のせいにするし、部下は部下で上司のせいにする」

●明石専務:「……」

「満足度調査をしていいのは健全な企業だけ」

○鷲沢社長:「まだそういう姿勢の連中に満足度を聞いて何がわかるのか。銀行マン時代、私は多くの会社を見たし、実際に数社を経営してきた。社員の満足度調査をしていいのは健全な企業だけだ」

●明石専務:「そ、そうかもしれません」

○鷲沢社長:「その場合でも調査はあくまでも調査だ。基本は相手と向き合ってコミュニケーションをとること。調査結果がすべて正しいのなら、すぐにでも顧客のニーズを調査して、その通りの製品を作って売ってみろ。それで本当に売れるんならな」

●明石専務:「調査の件はわかりました」

○鷲沢社長:「営業にまわってもらなくてはならない顧客がたくさんある。そのためには、これまで営業が日中やってきた業務をアシスタントや企画室に引き受けてもらわないといけない。業務のマニュアルを見直したり、教育をしたりする時間がどうしても余分にかかる」

●明石専務:「しかし――」

○鷲沢社長:「もう2カ月待て。後2カ月で業務の整理ができて、役割分担ができるようになる」

●明石専務:「営業はそれでいいかもしれませんが、アシスタントや企画室を増員しなくてはなりませんよ。暇な人間なんていないんですから」

○鷲沢社長:「彼ら彼女らにも業務を整理してもらっている。一部は経理にもやってもらう」

●明石専務:「今度は経理ですか。営業がやれなくなった仕事を他の部署がカバーするっておかしくないでしょうか」

○鷲沢社長:「何だって」

●明石専務:「もともと営業部の仕事なんですから、やっぱり営業部がやらないといけませんよ。こういうやり方を続けていると、あちこちの部門からうちはブラック企業だなんて言われてしまいます」

○鷲沢社長:「口を慎みたまえ! またブラック企業か、君の口癖か!」

●明石専務:「あ、いや、社長……」

○鷲沢社長:「いつまで現状を変えないつもりか! 将来の大きな報酬よりも目先の小さな報酬か! それが現状維持バイアスと言うんだ」

●明石専務:「げ、現状維持バイアス」

○鷲沢社長:「いい加減、現状維持バイアスを外したまえ! もう一つ、ブラックだ、ブラックだと騒ぐのは止めたまえ」

●明石専務:「そ、そうは言われても今の時代……」

○鷲沢社長:「時代など知ったことではない。沈没しそうな船に乗っていることが君にはまだわからんのか? 傾いている船の中で船員に『仕事はほどほどに』『役割分担は守って』とか言うのか?」

●明石専務:「いや、その」

○鷲沢社長:「君は財務のことがわかっていない。法律のおかげで延命させてもらえただけだ。どうしても俗語を使いたいならブラックではなく、うちはゾンビ企業だと言いたまえ」

●明石専務:「ゾ、ゾンビ企業……」

○鷲沢社長:「法律が施行されなかったら破綻していたよ。それを自覚したまえ」

●明石専務:「わ、わかりました」

○鷲沢社長:「残業が膨らんでいるのは百も承知だ。今まで月間30時間くらいだったのが40~45時間に増えている。だが、私が営業一人ひとりに会って説明し、了承を得ている。このことは人事部に言ってあるのに、まだ彼らは心配しているわけだな」

●明石専務:「人事部なりに現状維持バイアスがあるということですか……」

○鷲沢社長:「その通りだ。人事部は体面ばかり気にして会社の行く末を考えとらん。外からやってきた私だが必ず再建するつもりだ」

●明石専務:「ありがとうございます。よくわかりました。私はもちろん、営業、人事、企画、経理、アシスタント、全員がなんとかバイアスを外し、戦時を乗り切ります」

建て直しのためには力技を優先

 船が傾いてもいないのに船員をこき使うのがブラック企業だとしたら、船が傾いて沈没しかかっているのがゾンビ企業でしょう。どちらも困った存在ですが、あえてどちらが怖いかと聞いたらゾンビ企業です。沈没しかかっているのであれば、あらゆる手段を使って建て直さなければなりません。

 労務上の問題があるなら当然解決しなければいけませんが、明らかな法令違反は別として、社員が不満に思う程度であれば力技を優先すべきです。正常運行できるように持ち直すのが先決です。

 力技で現状を変えようとすると当然、軋轢が生じます。誰しも現状維持バイアスがあるからです。今まで通りに仕事をする安心感という目先の報酬にとらわれていると、企業再建という大きな報酬を手にできなくなります。

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