サバ料理専門店「SABAR(サバー)」を運営する鯖や(大阪府豊中市)の右田孝宣社長は、これまでに3685万円強を調達した経験を持つクラウドファンディング活用の先駆者。7月には、シンガポールに海外初の出店をするなど店は絶好調。右田社長が語る資金調達成功のコツとは?

 2016年7月16日、とろさば料理専門店「SABAR(サバー)」の海外1号店、「SABAR SINGAPORE」がシンガポールにオープンしました。

 サバにちなんで、38席で、38品の料理を提供する点は日本と同じです。料理は、定番の「とろさば」の刺身と棒寿司のほか、現地の限定メニューを3品提供します。料理は本場の味を体験してもらうため、日本から3人の料理人を送り込みました。

 サバは日本で急速冷凍したものを船で輸送します。8月26日には鳥取県で陸上養殖した「お嬢サバ」を生け締めし、空輸して試験販売する予定です。

海外1号店の売上額は目標値を大幅にクリア

 初日の売上は、6692シンガポールドル(約53万5000円)と目標を大幅に超えました。2日目は、7220シンガポールドル(約57万7000円)と初日を上回りました。これほど多くのお客さんが来てくれることを予想していなかったので、正直驚きました。

 これまで国内で13店舗を立ち上げましたが、初日と2日目の売り上げではシンガポール店がダントツのトップです。

 輸送コストがかかる分、メニューの価格は、日本と比べて1.5~2倍ほどに高くなっています。それでも、これだけのお客さんが足を運んでくれることに、手応えを感じます。

 今回の海外出店は、経済産業省とクールジャパン機構、そして日本外食ベンチャー海外展開推進協会が海外に日本の飲食店を集めたフードコートをつくる「ジャパンフードタウン」計画の一環として実現したものです。計画の第1弾として、ジャパンフードタウンがシンガポール伊勢丹オーチャード店につくられました。「SABAR SINGAPORE」もこのフードタウンの中にあります。

 シンガポールでも日本食が注目されていますから、それを目当てにジャパンフードタウンにやってきた現地の人が、サバの魅力を発見し、現地でサバを食べる文化が広がるというストーリーを思い描いています。これをきっかけに、今後、海外ではSABARを3カ国で8店舗展開することを目指します。

 海外に初出店して、成功するか不安を感じながらSABARの1号店を大阪市福島区に開いたときのことを思い出しました。今、海外展開の構想を描けるのも、クラウドファンディングを通して、多くの人が最初の店の開業資金を支援してくれたからです。

現地客で賑わう「SABAR SINGAPORE」。店内の黒板で、「とろさば」がおいしい理由を説明している
現地客で賑わう「SABAR SINGAPORE」。店内の黒板で、「とろさば」がおいしい理由を説明している

 前回ご説明したように、SABARの開業資金は、クラウドファンディングサービスを利用して調達しました。

 調達額は、1店舗目では開業資金の全額、2店舗目は半額、3店舗目は3分の1に設定し、開業資金の不足分は手元の資金と銀行からの借り入れで賄うつもりでした。
 なぜ、全額を調達しなかったのか。その理由は、3種類の資金調達を実践することで、後に続く人のモデルケースを提示できると考えたからです。

 クラウドファンディングを利用する飲食店経営者は、資金が全くない場合もあれば、資金にある程度余裕はあるけれどPRやマーケティング効果を期待する場合もあると思います。私はいくつかの資金調達パターンを経験しましたので、それを基にこれから利用を考えている人たちにアドバイスできます。

 SABAR3店舗の開業資金を調達し、しかもそれぞれの店を繁盛させることができれば、飲食店におけるクラウドファンディング利用の第一人者として認められるという思いもありました。今でも、クラウドファンディングというテーマで取材を受ける機会が多いのは、開業当時、3店の資金を調達するという決断をしたからだと思います。1店だけで終わっていたらここまで注目されることもなかったでしょう。

 今回は、私が経験した3つの資金調達パターンのうち、全額を調達した1号店のケースをお話します。メニューを決め、改装に要するコストなどを計算して、1号店の開業に必要なコストは1788万円と見積もりました。

 この資金を1口3万円で募ることにしました。私が利用したクラウドファンディングサービスでは、店が軌道に乗り、利益が損益分岐点を越えたら、利益額に応じて、出資者の配当金を支払うルールになっていました。SABARでは配当金に加え、一口当たり3000円相当の鯖寿司を提供することにしました。

クラウドファンディングで1軒目の開業資金を調達

 募集開始は13年9月28日。クラウドファンディングサービスの専用サイトに、SABARのコンセプトやサバへの思いを詳しく掲載したものの、ただ待っていても資金が集まるとは思えません。

 とにかく1人でも多くの出資者から支援をもらいたいと考えて、クラウドファンディングサービス会社が主催する出資者向けのセミナーに何度か登壇したほか、ベンチャー企業を対象にしたピッチイベントにも参加して、できるだけ多くの人にサバへの思いを直接伝えようと努力しました。

 セミナーでは、プレゼンテーションを終えた直後に、参加者から「出資するから頑張ってよ」と声を掛けてもらえたこともあり、少しずつ手応えを感じ始めました。募集結果は予想以上でした。募集を始めてから約4カ月間で、420人の出資で目標額の1788万円を集めることができたのです。

「SABAR 東京恵比寿店」。開業資金の6割程度の約1200万円をクラウドファンディングで調達した
「SABAR 東京恵比寿店」。開業資金の6割程度の約1200万円をクラウドファンディングで調達した

 鯖やを07年に立ち上げてしばらくは、思うように銀行から融資を受けられず、資金繰りに必死でした。それなのに、クラウドファンディングを使えば、顔も知らない人が私の思いに共感して投資してくれるのです。出資者のほとんどは、配当金で儲けたいというよりも、サバが好きで、SABARを応援したいという気持ちから出資してくれています。こんなことがあるのかとすぐには信じられませんでした。

 クラウドファンディングを通して、サバ料理専門店を応援してくれる人が全国に420人もいることが分かったことは大きな収穫でした。当初は確信を持てなかったSABARを繁盛させられる自信が湧いてきました。

 開業資金は調達できたものの、ある問題が浮上しました。肝心の料理人が決まらないのです。

 サバ料理だけを提供し、野菜は使うが、肉は使わないという店の方針を求人に応募してきた料理人に伝えると、彼らは途端に興味を失うのです。やはり、料理人は様々な食材を使って、多様な料理を作りたいという気持ちが強いようです。メニュー数はサバにちなんで38種類提供することにしていました。この点も料理人にとってはマイナスでした。サバ料理だけで38種類のメニューを開発するのは無理だと思うようです。

 しかし、サバ料理専門店を出すと言って資金を募った以上、そのコンセプトを変えるわけにはいきません。私の中でも、何としてもサバだけの店を実現したいという思いがこれ以上ないほど強くなっていました。

 何人か面接した中で、一度は断ったものの「やっぱり、やらせてください」と決断してくれた料理人が1人いました。現在SABARの総料理長を務める上原裕樹です。彼には本当に感謝しています。

メディアの露出効果で初月から損益分岐点を超える

 SABARの1号店である大阪福島店は、14年1月10日に開店しました。その前日にマスコミを招くプレスプレビューを開催しました。メディア各社から取材してもらい、番組で紹介してもらったり、新聞に記事を掲載してもらったりするための大切な日です。

 事前に各社にメールやファクスでプレスプレビューの案内を送っておきました。その結果、オープン当日の朝に、情報番組で店が紹介されました。ほかにも数人の新聞記者から取材を受け、専門紙や一般紙の近畿版で紹介されたほか、日本経済新聞の全国版に「『サバ好き』ネット出資で専門店」と題された記事が掲載されました。

 実は、店のオープン時には、調達額は目標としていた1788万円に届いていませんでした。しかし、オープン直後からいくつかのメディアに取り上げられたことで、約400万円が上乗せされ目標額に到達できたのです。

「SABAR 大阪福島店」。朝日放送の近くに出店したことからオープン初日に情報番組で紹介され、その後の繁盛につながった
「SABAR 大阪福島店」。朝日放送の近くに出店したことからオープン初日に情報番組で紹介され、その後の繁盛につながった

 メディアでの露出効果もあり、SABAR大阪福島店は絶好調。店舗面積は23坪で月商は店をオープンした1月が278万6742円、2月は399万8186円、3月は490万6068円と右肩上がり。初月から損益分岐点の212万8571円を突破し、翌月には事業計画上の目標であった308万7000円を突破しました。その結果、出資してくれた人に十分な配当金を支払うことができました。

 この店を出したことで、ずっと家業として運営してきた鯖やが、ようやく企業になったような気がしました。

(この記事は日経BP社『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』を再編集しました。構成:片瀬京子、編集:日経トップリーダー

 鯖やの右田孝宣社長が、とろさば料理専門店「SABAR」の運営で培った成功のノウハウを語る書籍『サバへの愛を語り3685万円を集めた話 クラウドファンディングで起業、成功する方法』を発売しました。
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