中国人は手を洗ってもなぜハンカチを持っていないのか?(写真:筆者撮影)

中国人がハンカチも持たないのはなぜなのか

「あ、そうだ。ハンカチは持ってきたか? これから観る映画は感動的な作品だから、号泣するかもしれないよ」

「えっ、ハンカチですか? 持っていませんよ。ティッシュがありますから、大丈夫です」

これは私の友人と、4カ月前に来日した中国人女性の研修生(28歳)とのある日の会話だ。友人は中国に工場を持つ企業の社長で、中国人との接点は多い。彼は2年に1度、中国から研修生を受け入れており、休日も何かと研修生の女性を外に連れ出すなどしている。「中国人はハンカチも持たないのですね。私にとって新鮮な気づきでした」と友人は驚き、私にメッセージをくれた。

こちらの記事でも紹介したとおり、今、財布を持たない中国人が増えている。急速なキャッシュレス化で、財布(現金)が必要なくなったためだ。そのことを知ると驚く日本人も多いのだが、彼らはそれ以外にハンカチも持たないのか……と中国通の社長でさえ感慨深かったようだ。

私自身は、過去中国で暮らしていたこともあり、中国人がハンカチを持たないこと自体は知っており、実は長年気になっていた。日本人ならば大人でも、子どもでも、外出前に「財布、ハンカチ、ティッシュ」の3点セットの有無はチェックするのではないだろうか。だが、中国人はこのうち2つ、あるいは、ティッシュも含めた3つとも持たない人は少なくない。男性の場合、スマホだけ持ってカバンすら持たない人もいる。これもまた、日本人からしたら、ちょっとしたショックだ。

私たちが「持っていて当たり前のもの」を、お隣の国の中国人は「持たないのが当たり前」なのだから、これは大きな違いである。

なぜか。理由はいくつか考えられる。

ハンカチに関していえば、1つは「持つ必要がない」からだ。私の記憶では、つい4〜5年ほど前まで、北京や上海のショッピングセンターや空港のトイレの洗面台では、水道の水があまり出なかった。水道はあるのだが、蛇口が取れていたり、蛇口があっても水が出なかった。つまり高い確率で壊れていたのだ。

水洗トイレの水が流れないことも珍しくなかったから、水道管に問題があったのだろうが、私自身、トイレ後に手を洗いたくても洗えなかった経験は数知れず……。そのうち、中国では手は洗わなくてもいいや、と慣れてしまった自分がいた。むろん、中国人も同様だ。というか、中国ではずっと前からそうだった。誰も手を洗うシチュエーションに遭遇しないのだから、ハンカチなんて必要あるわけがない。

「トイレ革命」を実施中

ところが昨今、中国では国家を挙げて「トイレ革命」を実施中で、ここ数年、大都市のトイレは感動するほどきれいになった。洗面台の水も手をかざせば(もはや蛇口すらなくなって高感度のセンサー式に大変身!)出るので、手を洗い、ハンカチを取り出して、手を拭けるようになったことを喜んでいた。だが、周囲を見渡してみると、なぜか中国人女性は誰もハンカチを出していないではないか……! 


洗面台に手を拭くためのペーパーがセットされている場合もある

よく見てみると、鏡の下に、手を拭くための厚手のペーパーが設置されていたり、トイレの入り口付近にペーパーがセットされてあり、そこから1枚か2枚抜き取って、手を拭いていた。厚手なので、普通のティッシュのように手に濡れた紙がこびりつくこともない。使い捨てだから、そのままゴミ箱に捨てるだけ。温風の乾燥機が設置されているところも増えた。結果、やはりハンカチは必要ないのだ。

ちなみに、以前はトイレの個室内にトイレットペーパーがほとんどなかったため、ティッシュを持つ中国人女性が多かったが、今ではペーパーの設置率が非常に高くなったため、ティッシュも持ち歩かない人が増えた。中国のティッシュはスーパーやコンビニで売っていて、日本のティッシュよりも厚めのため、トイレ用にも使える(日本ではティッシュはトイレに流してはいけないが、中国では基準が曖昧で、私の印象では、これまで流してしまう人が多かった)。

3年前、湖南省長沙という内陸部の都市に出掛けたときのこと。そこのトイレで私がハンカチを取り出して手を拭いていたところ、一緒にいた農村出身の20歳の女の子が不思議そうに私を眺めていたことがあった。彼女は手を洗っていなかったようだったが、濡れたハンカチを折り畳み、カバンに入れようとしている私に向かって一言、「中島さん、濡れたハンカチをそのままカバンに入れるんですか? それは不潔ですよ。よくないです」と真顔でいったのだ。

私は彼女が日本のきれいなハンカチを褒めてくれるのかと勝手に思っていたので、びっくりして、二の句が継げなかった。「手を洗わないほうがずっとよくないんじゃないの?」といいたかったが、いえなかった。

確かに、1日に何度もハンカチで手を拭いていると(布が薄いときなどは、とくに)ビショビショになってしまうことはある。私も濡れたハンカチを「気持ち悪い」と思ったことはあるし、同じように思う日本人もいるだろうが、だからといって、ハンカチを持ち歩かなくていい、という考えは日本人の発想にはあまりないだろう。

しかも、これまで手を洗わない、あるいは手を洗った場合でも、パッパッと手を振って水気を飛ばしてごまかしていた人たちに言われたくないよ、と思ったが、中国に住んでいる日本人の友人にこの「ハンカチ問題」を投げかけてみると、みんな私が言われたことと、ほぼ同じようなことを中国人から言われた経験が1度や2度はあって、笑ってしまった。

いずれにせよ、ハンカチは必要ない

とにかく、中国のトイレでは、これまでハンカチを使うシチュエーションがなく、今では厚手のペーパーがハンカチ代わりとなり、いずれにしても、ハンカチは必要ない、というのが結論なのだ。味も素っ気もデリカシーもない気がするが、これは事実だ。

日本人にとって、ハンカチにはさまざまな用途がある。冒頭のように涙を拭くときや、汚れた手を拭くとき、汗を拭くときだろう。あるいは、何かを包むときにも便利だ。日本では食事どきに女性が膝の上にナプキン代わりに置いたり、口元を拭くこともある。

日本のデパートに行けば、たいてい1階にはハンカチコーナーがあり、大量のハンカチが売られている。値段が手ごろで種類が豊富なので、ちょっとしたプレゼントやお返しとして買う人も多い。とにかく、日本人はハンカチが大好きな民族なのだ。

だが、中国ではハンカチを自分のために買うどころか、誰かにプレゼントすることもタブーとされている。

なぜなら、ハンカチは涙を拭くものであり、不吉だから。中国では、たとえば掛け時計など、中国語読みの音が悪い意味の音と重なると「縁起がよくないから」という理由で、贈り物にしてはいけないといわれている。最近ではそういう伝統的なタブーを気にしない人もいるが、ハンカチはそういう意味もあって、私は中国のデパートで売っているところはあまり見たことがないし、きれいなハンカチを持っている中国人女性に出会ったこともない。あるとすれば、日本に長年住んでいる中国人女性くらいだ。

しかし、中国でもずっと昔からそうだったのか、というと、そうではないらしい。今年4月、取材で上海に行ったとき、50代後半のアパレルメーカーの社長と食事をした。ちょうど男性はその1カ月前に父親を病気で亡くしており、お悔やみを述べると、彼はポケットからそっとハンカチを取り出して涙を拭いていた。

そこで私がハンカチのことを指摘すると、その男性は「私はアパレルの仕事をする前からずっと持っていますよ。エチケットですからね」といったのだ。

ハンカチを持たないのは、貧しかった時代の影響である


びっくりして、私がハンカチに関するエピソードの数々を話すと、男性はこう語り出した。

「私が小さい頃、中国ではビニール袋とか、そういう便利なものがなかったから、何でもハンカチや大きい布で包んで家に持って帰ったんです。市場で買ったリンゴとか、野菜も。それにね、父親の葬儀で私も初めて知ったのですが、中国の死装束の一式にはハンカチがつくんですよ。あの世に行くとき、持っていくんです。社会が混乱したり、貧しかった時代が長く、あまりにもモノがなく、殺伐としていたせいで、中国人の間にハンカチを持つ習慣がなくなっただけで、もともとは中国人も持っていたのだと思いますよ。おしゃれなものじゃないですけどね」

中国人がハンカチを持たないのは、貧しかった時代の影響で、もともとの文化的な理由でないとしたら、今後は変わっていく可能性もあるのかもしれない。

冒頭の社長は私にこういった。

「いまハンカチを使う場面といえば、エチケットやマナーに関連することばかりですよね。もしかしたら、中国人もハンカチを持つようになって初めて、本当の意味で先進国の仲間入りをするのかもしれませんね」

経済的に豊かになった中国人はキャッシュレスを好むようになり財布を持たなくなった。それは合理的だからだ。それでは、彼らは豊かになった結果、ハンカチを持つようにもなるだろうか。たかがハンカチだが、もし中国人に会うことがあったら、そんな視点で見つめてみたり、意見を聞いてみたりすると、より彼らへの理解が深まるかもしれないし、意外な発見があるかもしれない。